仕事は繁忙期に入ったが、免許の書き換えということでは休まざるを得ない。これをいいことに、少し羽根など伸ばしてみようか、などと思い付いた。そう遠くもないのに普段行く機会の無い柏あたりが選択肢になる。有力どころの蕎麦屋が多い、魅力的な街だ。竹やぶと、あと数軒。それに、気になるパン屋もあるから帰りにお土産にしようか・・・普段から行動範囲が狭く、埼玉、千葉、せいぜい神奈川辺りしか行かないわたしの旅の発想はこんなものか、と自嘲気味になる。せっかくだから、昔よく転がした
いろは坂でも攻めに行くか?いや、この時期寒いし、まさかとは思うが雪にでもなったら車高の低いクルマでは面倒だ。
『日光ねぇ~』
日光。栃木。と文字を重ねると、片倉康雄氏の文字が浮かんできた。
『足利、か・・・』
時刻表を探ると、どうやら形にはなりそうだ。たまには電車の旅もいいだろう。会社は一日休みを取り、さいきん旅行にも連れて行かない家内にも正直に一人旅の話をして理解を得た。このところ一年じゅう蕎麦屋を食べ歩き、近頃は休日に、うどんではなく蕎麦ばかり打つようになったわたしを見て、蕎麦屋でも始めるのではないかと少しは気にし始めただろうか。拍子抜けするほど物わかりのいい返事をもらった。
さて簡単に計画を立てておく。中心はもちろん、片倉氏の構えた一茶庵本店である。東武の足利市駅へは1時間40分ほど。その駅から少しあるが、どうやら徒歩で行けそうだ。さらにすぐ近くに市役所があるとなればバスくらいは出ているだろう、と楽観する。あとは、栃木と言えば仙波そばだ。しかし、葛生の名店はどうやら一茶庵からはだいぶある。電車も近くまでは、ない。佐野線で移動して、最寄駅からタクシーとなると高くつきそうだが、旅先で気が大きくなったら案外気前よく行動しそうな予感はしたので、一応候補には入れておこう。現実的には足利でもう一軒や二軒、いいそば屋が見つかれば嬉しい。一茶庵の名にたじろがずに、近くに店を構える器量なら期待できようというものだ。現地で探すとしよう。そう、わたしは案外、普段クチコミなど書いていながら下調べをして情報を取らないクチなのだ。知識は欲しいが、事情通の方の情報に呑まれるのも、先入観を持つのも避けるためである。
1月13日金曜日。9時に始まった免許の更新は、10時には終わった。便利になったものだ、と改めて感じる。そういえば前々回の書き換えの時は、その帰り道のクルマでシートベルトで切符を切られたのだった。冗談のような嫌な思い出だが、今回は電車だから問題は起きない。いきなりカップ酒でも飲んでやろうか?とわたしの妙な視線を受けた入口の警官は、長い警棒を地面に突いたままにらみ返してきた。
「こらどうも。ご苦労さんです」
いやな連中だ。どうも警察と職員室は昔っから苦手だ。ケツの座りがすこぶる悪い。おまえさんらはその仕事が楽しいのかね?と、わたしに言わせればご奇特な方々の館をそそくさと出て、さっそく電車に乗ることにした。
さて、わたしにすれば長旅だが、特急でスッと到着してしまうのもなんだか無粋な気がしていた。以前新潟を旅行した際も、新幹線で2時間も掛からずあっという間に着いてしまい、なんだか遠出の雰囲気ではなかった気がしたのを思い出し、たかが足利、線路も1本。来た電車に乗ればいいと気楽に行ったのが少々失敗だった。あまり面白くない話だが、来た電車は南栗橋行き。平日の10時、下り線は客もなく、座席に寝そべろうかという勢いだ。何も考えずに行き当たりばったりの電車旅行だが、途中で東武線はどこかで二股に分かれる事に気付く。一度杉戸で乗り換えなければいけないようだ。せっかく一本で行けるのに、と残念だったが、そもそも南栗橋は足利からはかなり手前であることを知らない不器用さだから困ったものだ。そして次の電車は久喜止まり。そのまえに、急行りょうもうが止まった。面倒なのでこれに乗ってしまえと思ったが、乗車口で特急券をチェックするロングコートの駅員が現れた。車内で買うから、と言うと、車内では販売しないとのことだ。では買ってくるから時間はあるか?と訪ねると、すぐに出発だと言う。まったく商売っ気のない男だ。
「ふん。特急券1枚売りはぐったな」
という負け惜しみを吐いてやったが、あまり堪えていないようで、ロングコートは無機質な表情で消えていった。
敗者はそのまま流れにしたがって、来る電車を乗り継ぐ羽目になる。久喜ゆきの次は館林までしか行かない。なんと面倒で不便なんだ、と車窓から枯れた田園風景を楽しみながら電車に揺られた。ずっと各駅停車か、と思って乗ったが、準急など必要ない駅と駅の距離に田舎旅を感じ、途中に親父の田舎の加須を過ぎたりと、懐かしさも楽しめた。そうこうして館林に着いたが、ここでまさかの接続25分待ち、という予期せぬ事態だ。普段から、5分もすれば電車が来る生活に慣れている体には、これはなかなか衝撃的だ。しかし地元の方々はどうやら慣れているご様子で落ち着いていらっしゃる。この25分で何が出来るか、もったいない、と旅先でも脳の中が慌ただしいわたしは、だいぶ心が貧しいな、と。そう、今日は旅をしているんだっけ、とようやく気付く。時間は忘れることにしようか。のんびり現れた車両が3両編成であるのを見て、とても嬉しくなった。3両編成。それだけで遠く田舎に来た気分だ。今度はどこか、1両で走ってくれる場所を旅してみようか。電車での旅も悪くない。
お昼少し前には着いている筈だったが、わたしの定刻からは30分以上遅れての到着だ。たらたら歩いていると遅くなるので駅員に尋ねた。電車がこの調子だから、バスが気前よく走っている訳がない。実直そうな女性駅員は、軍属ですか?といいたくなるほど凛とした口調で道を教えてくれた。橋を渡って15分、いや20分くらいだという。


ソースかつ丼の店がちらほらり。この街も、それで売り出すほど有名なんだろうか。相田みつをさんはこちらのご出身だったんですな。足利市役所を目指してのんびり歩くと、途中に足利氏のおうち跡が出てくる。

真言宗金剛山大日尊 鑁阿(ばんな)寺というそうだ。むずかしい読みだな。


15日まで初詣だというが、さすがに静かなものだ。
若い女性二人の散策が妙に絵になる。


綺麗に整えられたお堀に、魚たちがそよそよと泳ぐ。光に揺られて美しい。
この裏には、あの足利学校があるが、先に目的地にしよう。歩道橋を渡ると、ようやくそれらしき建物が出て来た。

一茶庵 本店@東武足利市駅東口より渡良瀬川を渡り徒歩10分余り

なんか、構えてるな。流石だな、と気圧されるが、更科さんほどではない。引き戸を開けて店内を覗うと、突き当たりの板場まで真っ直ぐと廊下が伸びている。変な造りだなと思ったが、これはもしや行列を考えてのことかもしれない。

時は12時45分。先客は2組。わたしの後も、観光と思しき客が3組。どうやら平日の客足は落ち着いているようだ。

客間は、竹の伸びた中庭を囲んでL字形だ。まさか分煙だろうか。いや、煙を纏う客はいない。ある程度観光地化しているようで、写真もどーぞどーぞと慣れている様子だ。日が差し込んでいる席に座り、中庭を眺めながらのんびりしようと考えたが、写真的には失敗した。しかし、雰囲気がさすがにいい。これは時間的にも失礼がないし、酒だろう、やはり。予定より大幅に遅れて到着したので他はあきらめて一茶庵を満喫しようか。

[b:白雪(一合燗)500円]
燗酒はこれだけだ。アル添のようだ。これはつらいか。白雪にも純米はあるだろうに。

[b:鴨スモーク400円]
鴨スモークは案外と凡庸。板わさの包丁に細工があるか、今思えばそれを見た方が良かった。

[b:玉子焼き400円]
玉子焼きは夕方のみ、らしいが、やってくれるそうだ。この客数ならそうだろう。出てきたものは思いのほか甘い。もり汁に一抹の不安が過ぎる。これ自体も出来あえ、ではないと思いたいが、居酒屋の板場で仕事をさせてもらった時の経験が、疑いをかける。

[b:五色そば1600円]

茶そば、せいろ、ゆずきり、けしきり、田舎と。乾きやすいからすぐに食べるよう促された。それぞれ旨いと思うが、そう驚きもなく、全体的にどうも拍子抜け、気味だ。詰め過ぎているのか、固まってしまっているのは残念だ。このような催しものはどうも大衆店臭い。蓋をとった順番にいただくのが手順だろうか。

緑の香りがはっきりしている。茶の香り、とはこういうものか。普段啜るものは緑色をしているだけだと思ってしまう。香りはどうも草だんご、とも違うが、どちらかというとお茶と表現するよりその方が近い。

ていねいな蕎麦だが、それほどの驚きは無い。

ゆずきり。これははっきりとした香りが立ちあがる。綺麗な蕎麦の喉越しが心地いい。

これは違うな、と思えたのは芥子きりですな。芥子の味というか、なんと言おうか香りが確りしていて粒々感があり味も含めてとても良好だ。

最期を締める、やや太めの田舎そば。これはそう特筆すべきはない。
もり汁も、やや甘い。どうも考えたより万人向けの仕立てであった。しかし、ちょうどよい加減の濃さの蕎麦湯を注ぐと出汁のよさが上がり、趣が変った印象になった。こう、やや控え目ながらもはっきりとした、というか、くどくないが押しが強いというか、なかなかな加減の出汁を感じた。

途中、お土産にと
そば大福を用意してもらった。一人前2個入りで300円。家に帰ってから家族でいただいたが、どうも蕎麦を使ったという味わいは少なかったようだ。観光地のお土産に見る、よくある物足りなさが残った。ちなみに、あんこは漉し餡であった。
越谷一茶庵と同じく、ひな鳥そばのメニューを見て、
『鶏のひな、って、やはり
ひよこじゃないのか・・・?』
などと、どうでも良いことを想いながら、一通り楽しんだ一茶庵を後にした。どうも期待が大きすぎたのか、あまり感動は起らなかった。正直、このくらいの蕎麦を出す店は、東京にはごろごろあるな、と思う。どうやら観光地化して商売に走ってしまった感じだろうか。だとしたら残念だ。蕎麦屋の空気としては充分だが、名前がなければ来るだろうか、と言うような印象だった。
『やはり、蕎麦は東京か・・・』
このあと史跡に向かい、わたしも観光客の仲間入りをした。